| 「コベルコ科研レディース・フィンランド絵日記」
前編 これは、1997年8月16・17日にフィンランドのラハティで開催されたワールドゲームズに、競技種目「綱引き」で参加するためにフィンランドを訪れたコベルコ科研レディースの記録である。 ・第一章「旅立ち」 '97年8月14日木曜日、晴れ。盆休みに海外へ脱出する人たちで関西空港はいっぱい。そこに異色のジャージ集団があらわれた。手には餞別にもらった葡萄を持ちロビーでパクパク、まさしく変だ。(海外に行く餞別に葡萄をくれる人も変だけど。・・・)添乗員の佐藤さんが一生懸命搭乗手続きの説明をしていても聞いているのかいないのか、「何か質問ないですか?」の問いに、「フィンランドってお酒高いの?」「マクドが高いって聞いたけどほんま?」と気になるのは現地の飲食代ばかり。「くれぐれも搭乗時間にだけは遅れないで下さいね!!」と言う念押しに、「はーい」とやたら返事だけはいい。この実年齢は高いが精神年齢は中高生のままの集団がコベルコ科研レディースである。
そもそも、オリンピック種目以外のスポーツのオリンピックと言われるワールドゲームズに、なぜ私たちが参加できるようになったのかについては、話が昨年に戻る。1996年度全日本綱引選手権大会で準優勝した私たちは、優勝チームの大分造園連コスモレディースと共に、 '97年2月にイギリスで開催される世界クラブ選手権に参加できるだけで夢のようだった。しかし、クラブ選手権参加の話に少し遅れて、ワールドゲームズの日本代表としての参加の話までもが舞い込んできたのだ。「なぜ??なぜ??」造園さんがいるのになぜ?理由は解らなかったが、あまり深く考え込まないタイプの(言い換えればダタの脳天気)チームの私たちは二つ返事で参加をOKした。あとで、と言っても造園さん達と一緒にイギリスに行ったときに解ったことだが、造園さんは世界選手権を期にチームをやめられる方が多く、ワールドゲームズには選手がそろわないために辞退されたそうで、そのため私たちに話が来たというわけで、まさしく「タナボタ」のチャンスだったのだ。フィンランドへの飛行機はもちろんエコノミー、到着まで約10時間、アルコールさえ飲めればどんな席でも十分満足。ラッキーなことに夏にフィンランドへ行く人は少ないのか?空席がちらほら、これを利用して4人掛けシートに2人が横になって寝る。途中で息苦しくなって目が覚めると、もう一人寝ている者の足の裏が顔の真ん前にあるような状態。本当に女子チームなのだろうか?。周囲の他の乗客はどう思っていたのだろう?まぁいいか!。
・第二章「選手宿舎」 ヘルシンキに着くとイギリスのクラブ選手権の時に見覚えのある選手。「やはりデカイ!」その選手達を横目に、まずはバスで試合会場のラハティへ。大会事務所で写真入りのIDカードをもらい。写真うつりのちゃかし合い。(私らはガキか!)大会マスコットのぬいぐるみのオウガスティー(「八月君」とは単純なネーミング)と記念撮影をしてから、バスで20分ほど離れた綱引選手用宿舎のホテル「タルッカ」へ向かった。このホテル、森に囲まれ、すぐそばには湖もあり、豪華とは言えないがなかなかの住みごごちだった。シンプルだがプールやジャグジー、サウナもあり部屋の前は芝生の庭、小さな売店もあり、お土産や雑誌なども売っていた。(この雑誌の中にはノーカットH雑誌もあったが、3日目には無くなっていた。誰が買ったのかは不明?)試合のために滞在しているせいか、他の国の選手はプールやサウナをあまり使わなかった。おかげで私たちのほぼ貸し切り状態。朝からサウナ、夕方プールと言った具合に、滞在4日間で楽しむだけ楽しんだ。ちなみに、著者はフィンランド滞在中に、まったくできなかったバタフライで多少泳げるようになった。(フィンランドでの一番の成果???)しかし、気に入らないものもあった。食事である。うどんの様にのびきったスパゲティー、粘土の様なマッシュポテト等。毎日これではちょっとつらい。そこで外が夜10時まで明るいのを利用し、毎日夕食後に芝生の庭で日本から持参したアテと、近くのスーパーで買い出しした酒で宴会。夕日の中、お土産用に売っていたフリスビー等でワイワイギャーギャーいい年して遊びまわっていた。(他の国の選手は迷惑だったかも????)
・第三章「たのもしい助っ人」 今回、私たちがこの大会に参加するにあたり、選手の不足が起こる可能性があったので、一人強力な助っ人をお願いした。大分造園連コスモレディースのトッププラー(一番前を引く人)秦さんである。綱引をやられている方だったらご存じの、女性離れしたパワフルな綱引きをされる。「クイーンオブ綱引」と言うイメージの方だ。秦さんとは我々が大分に遠征に行った時に色々とお世話になって面識があり、お願いしやすかったと言うこともあるが、やはりなんと言っても、軽量非力な我がチームには秦さんのパワーは魅力で、しかも人柄の良さを尊敬していることから、すぐにチーム全員一致でお願いすることに決まった。そして私たちの一方的なわがままなお願いを秦さんは心地よく承知してくれ、御夫婦でフィンランド遠征に参加して下さった。
・第四章「異文化との出会い」 フィンランド2日目は午後から試合会場での練習。午前中にプールとサウナでUP??してから練習に望んだ。大きな室内テニスコートの上に初めて見る綱引レーンマット。日本の綱引レーンマットとはもちろん異なる。そして、イギリスマット、オランダマットとも異なるマット。どうもお隣のスウェーデンのマットらしい。長さ数mmの細い突起が出たゴムマットを金具で板の上に打ち付けて止めた物だ。(例えると、安物の足拭きマットみたいだ。)イギリスの時には事前にテスト用イギリスマットが手に入りわずかだがそれで練習が出来た。しかし今回、このレーンマット上に乗るのは初めて。どんな靴が良く止まるのか、普段使っている綱引シューズを試してみる。うっ!やはり日本のマットと異なり滑る。秦さんが持ってきてくれたイングランドチームの靴や自分達のスニーカーも試すがやはり同じだった。日本ではレーンにはホコリ一つ落ちていないのが普通だが、こちらのレーンは違う。どんなに靴の裏をきれいにしても、数歩歩けば真っ黒。途中で靴の裏を掃除するのをあきらめたほどだ。こんなに汚れたレーンで全く気にならないのだろうか?と疑問に思っていたところ、おもしろいことがおこった。私たちが使っていた日本綱引連盟推薦品の靴の裏のクリーナーに「待った」が入ったのだ。その日の夜、大会側のミーティングで、「試合当日は試合会場でのクリーナーの使用を禁止する!!」と審判団から通達があった。「日本は変な化学薬品を使って靴が止まるようにしている!!」とでも思われたのであろうか?。「良く見い!私らも足すべっとるやろ!!」と思いながらも、どうせ靴を掃除してもすぐに真っ黒になるんだから、まぁいいかぁ!と。素直にしたがった。
翌日、480kg級試合当日。朝7時にホテルの階段の踊り場のようなフロアで計量。補欠選手無しで試合は行われる。日本と異なり8人同時に牛か馬でもを計るような体重計でチーム8人の全体重を測定した。(誰がデブなのかわからないのでラッキー!!)結果は457kg。前夜、暴飲暴食に近いくらいの飲食をしているのにこの重量。他国チームより20kg以上体重が軽いハンディを背負っての試合となった。 非常に印象的だったのがこの計量の風景、日本だったらモザイクをかけないと写せないような状態。私たちは、Tシャツにスパッツの姿で計量に望んだが、他国は違う。体重ギリギリのチームは女子でも平気で下着姿で計量を行う。男子にいたっては、裸・・そう「FURITIN」で計量するチームが多々。先ほどものべたが、計量場所はホテルの階段の踊り場の様なフロア。もちろんいろいろな人が行き来する場所である。特に、私たちチームの大半はそのフロアを横切らないとホテルの玄関や食堂に行けないのである。見ないでおこうとしても、どうしてもプラプラしたモノが目に入る。(ウォォ〜!!)朝から過激だぁ〜!!。
・第五章「試合の秘策」 異文化??をたんまり経験した計量を終えて朝食後に試合会場へ。IDカードのチェックを受けて会場内に入る。オランダ、スペイン、スウェーデン、USA、日本の5カ国の戦い。オランダとスペインが強いのはイギリスで嫌と言うほど見せられた。スウェーデンとUSAはどうなんだろう??。体は十分に大きい。不安不安不安・・・。
長ったらしい挨拶など全く無いあっさりした開会式を終え、さあ試合。試合は5チーム総当たりの予選リーグ戦を行い、上位4チームが決勝トーナメント戦を行う。(全試合3セットマッチ)出場チーム数が少ないわりには試合数が多い。それに一試合置きに試合と言うハードさ。480kg級の初戦はスペイン。予選の頭から優勝候補との戦い。何とか良い試合をしたいと思うが。・・・・・
今回、2月の世界クラブ選手権での体験を利用して、世界の綱引きに勝つための秘策を無い頭をしぼって考えてきた。世界の綱引は我慢大会の様な綱引きである。長い足長い腕、筋肉は太くないが長いため、筋肉の量は多い。「我慢」と言う言葉は日本人のためにある様なイメージがあるが、体力を考えるとどうも違う。外国選手はタフだ。まともに我慢大会で勝負しても勝てるわけが無い。そう考えた私達の秘策が速攻攻撃である。外国チームは異常なほど持久力があるが、スタートは激しく入らない。そこを突いて、スタートから一気に速攻でつぶしてしまおうと言うのである。しかし、言うのは容易だが実際に行うにはかなりの意識改革と練習が必要だった。本来、我チームは性格バラバラ、協調性無しの集団である。みんなそろって「ソレーソレー」などと引けるチームではない。そのチームがスタートからいっせいに声を合わせて「ソレーソレー」とストロークを連発して引くのである。最初はもちろんバラバラだった。それに20秒持つかどうか。しかし、パブロフの犬じゃないけれど、訓練すればなんとかなるもの。一ヶ月ちょっとで成果はあらわれ、フィンランドに行く前には1分近くストロークを続けることができるようになった。後は実際に試合でこの戦法が通じるかどうか。
第一試合1セット目「ステディ」・「プル」(「そのまま」・「ひけ」と言う意味。用意ドンのようなもの)の審判の合図と同時に、全身の力を込めてスタート。綱が20センチほどこちらに来る。「よっしゃ!何とかなるかも!」と思うと同時に「ソリャー、ソリャー」とストローク全開。止まったらおしまい。やつらは後半強い。どうか止まらず最後までぇ〜・・・50センチ、80センチ、1メートル、順調のように見えた。しかし、ここで足が止まった。「あっ!まずい!」約1分間の全力引きであった。「もう力が無い。・・・」くずれるくずれるドドドドドォ・・・・・。ねばってはみたものの結果は1分44秒でスペインに引ききられてしまった。(あ〜ぁ強い!)2セット目。1セット目と異なりスペインが頭から攻めてきた。こちらもストロークで対抗。1分間は五分の勝負。その後どちらもくずれ始め、お互いに2コーション(コーションとは反則のことで、座り込んでしまった時とかに取られる。3コーションで反則負け。)つぶれてからは、長期戦に強いスペインが有利。1分47秒審判の手はスペインに上がった。 ・・・・後編へつづく |