コベルコ科研綱引同好会の練習場へ御招待!

コベルコ科研綱引同好会年表

1987年
9月


チーム設立


叶_戸製鋼所グループの潟Rベルコ科研の職場において、同好会でバドミントンを楽しんでいたメンバーが飲んだ勢いにまかせ、丹波篠山で開催された綱引きの地方大会に商品目当てで出場しようとチームを結成した。
その時結成したチーム名は「酎友会(チュウユウカイ)」。
実に酒好きを表した名であった。
この時、変に成績が良かったものだから、何を勘違いしたか、そのまま週2日の練習を会社の健康保険組合の体育館で続けるようになる。
余談:初めての大会は会社の作業着で参加。
ちなみに、当時女子の作業着は白衣(長いコートの様な形状)だったため、裾をまくり上げて腰に結びつけた状態で綱を引いた。

12月

男子兵庫選手権初出場 腕っ節には自信はあるが、綱引の腕は??であったが、奇跡的に予選突破を果たす。

1988年

チーム名改名

酎友会から、男子は「コベルコ科研」、女子は「コベルコ科研レディース」に改名。
初めてユニフォームをそろえる。

12月

女子兵庫選手権初出場

初めて男女そろって兵庫選手権に出場。
成績は
女子が準優勝男子は予選落ち

余談:このころ綱引きブームのピーク時期で、神戸市内だけでも男女合わせると20チーム以上が存在し、兵庫選手権となると60チーム以上の参加があった。この時のユニフォーム・・・パジャマみたいです。

1989年

活動拡大
この年より県内の地方大会に活発に出場するようになり、1ヶ月に1度位のペースで大会に参加するようになる。

12月

女子兵庫選手権初優勝 女子は翌年2月の全日本選手権への切符を初めて手に入れる。
男子は当時2チーム作れるほどメンバーが居たにもかかわらず、予選落ちだったような気が・・・。
以後男子は約10年間の低迷期を迎える。

1990年







新ユニフォーム新調

女子の全日本選手権出場を機に、青・白をベースにした今のユニフォームのカラーに変更。(上ブルー単色は男子。白・ブルーの囚人服は女子

2月

女子全日本選手権初出場 会場は東京代々木第2体育館。
右も左もわからない状況が良かったのか?予選を突破する。
決勝トーナメント1回戦で同じく初出場の第一製薬さんと対戦し敗北。
この年、第一製薬さんは初出場ながら3位に入り、この後、数年間第一製薬さんの快進撃は続く。

1991年〜1992年

停滞期

女子、兵庫選手権では優勝するものの、県外の大会では上位に入ること無し。
メンバーも社員が入れ替わり立ち替わり入退部するも減少が続く。
全日本選手権の成績もパッとせず、91年は予選落ち。
92年は予選突破するも1回戦敗退。

この頃の記憶
全日本の練習時間、旭川BLさんと練習させて頂いた。始めから必死で引くコベルコ。でも「じゃ〜もう少し引いて行きましょう。・・・・」とBLさんから声がかかった。悲しいかなコベルコの必死はBLさんのアップであった。(ToT)。

ちなみに男子は兵庫選手権の下の方で燻り続け、干物化しつつあった。

1993年

時代の変化

遊びとしての綱引ブームの低下と共に兵庫県内のチームが相次いで解散。
競技として綱引きを目指す者が集い、神戸製鋼グループ以外の者もチームに加わるようになる。
今の主力メンバーの多くもこの頃入部した。

女子は過去最多の選手12名となるが、全日本選手権で予選落ち。(部員数と実力は決して比例していなかった。)

1994年
1月





危機感





女子は兵庫県下で姫路オクウチ綱引隊さんが頭角をあらわす様になる。兵庫県選手権で泥試合の末、やっと全日本の切符を手にするも、コベルコ女子の兵庫県下での地位が怪しくなってくる。

余談:勝つための工夫として、靴の裏を削って止まりを良くしようとしだしたのもこの頃、それまでは靴の裏を清掃する事すら怠っていた。

2月 女子全日本選手権初のBEST8 まさかBEST8まで残ると思っていなかったので、その日の夜は日光の温泉旅館を予約していた。
大会に勝ち進んで嬉しかったものの、旅館の御飯の時間に間に合わない事を気にしながら準々決勝に向う。(むろん勝てるわけがない)
練習量の増加
女子は前年度外部から入部した者の影響で、兵庫県下で男子の上位にいた「あすてりずむ」の練習に参加する様になる。そのため、週2回の練習が個人的にではあるが3回・4回に増えた。
初マシン マシンが設置できる場所を求め、あすてりずむと共同で会社の高架下倉庫に8人引き用マシンを設置。

余談:長年空気の入れ替えの無かった倉庫。この年はあまりのホコリ臭さに、ほとんど使用する事は無かった。
女子軽量選手権準優勝 初めて全国レベルの大会でメダルを手にする。
1995年
1月

ピンチ!




女子はこの年、兵庫県下のライバルチーム姫路オクウチ綱引隊さんが、コベルコよりも遙かに強いと評判であった。

余談:この年オクウチさんは、前年度全日本3位に入った鳥取県打吹レディースさんとの練習試合で全勝だったとのこと。
1月17日



震災
兵庫選手権中止
阪神淡路大震災。5日後に控えた兵庫選手権は中止。

余談:1月22日の兵庫選手権に向けてドキドキと不安を抱きながら連休明けの火曜日の朝を迎えた時、誰もが予想だにしていなかった事がおこった。
5:46。ゴォォォォ〜と言う地鳴りとオレンジ色の発光、まるで怪獣映画でゴジラやモスラが出てくるシーンのよう・・・そして地面が大きく揺れた。数日間メンバーの安否もわからない日が続く、全員の無事が確認できたのは金曜日。無事確認と共に、兵庫選手権の事が気にかかる。兵庫県綱引連盟事務局(当時サンTV)に電話するが通じない。仕方がないので会場の神戸グリーンアリーナに電話してみた。素っ気なくここは資材置き場になっているから、そんな大会なんてできないよ」・・・

コベルコの90年から続いた連続全日本出場記録は、オクウチさんと試合をする事もなくこの年ストップした。
2月

練習場の移転

地震による体育館の倒壊にともない、練習場はマシンを設置した高架下の会社の倉庫に移転。

余談:震災直後、倉庫の荷が崩れてレーンが使えない状態。メンバーで額に汗しドロドロになりながらレーンを補修した。
まだ、お風呂に入れない所が多かったはず・・・。みんな、あの汚れはどうやって落としたんやたっけ??
4月〜 ジプシー生活 倉庫はある程度片づけたものの震災の影響は続き、資材の出し入れで使えないこと多々。市内の公共運動施設は全て使用不可。
半年以上、練習場を求め市外の他チームの練習場を渡り歩くジプシー綱引が続いた。
新メンバー 震災も悪い事ばかりをもたらしたのではなかった。体育館倒壊のため筋トレ場所を無くした者がスポーツジムに通い始めたことがきっかけで、新メンバーと出会うこととなる。
女子軽量選手権初優勝 余談:正アンカーが大会1週間前に妊娠発覚!
急遽、代理アンカーを立てる。
正アンカーは出産後引退。
結局代理アンカーのはずがそのまま正アンカーになる。
1996年
1月





女子初の大分遠征練習



前年8月に神戸CUP(全日本選抜)で連勝を続ける大分造園連コスモレディースさんの強さに魅了され、練習会をコスモさんに懇願。
コスモさんは気持ちよく受け入れてくれ、初のお泊まり遠征練習会に出向いた。

余談:数十本の引き合いの中、1本勝つ事が出来たか否か?非常に大きな実力の差を感じながらも、非常に勉強になった練習会であった。
2月 女子全日本選手権準優勝 2年ぶりの全日本選手権。
出来れば一昨年のBEST8を越えたいと、ただ目の前の試合だけを一生懸命こなしていた。
「次、何処と試合?」と試合進行表に目を向けると、BEST8はとっくに過ぎ、次はなんと決勝戦。
先月胸を借りたコスモさんと同じレーンに立っていた。
試合は敗退するも。初めての全日本でのメダル。しかも「銀」。自分たちの成績や自分たちの置かれた状況が良く理解できない日であった。
女子軽量選手権2連覇 しかし、翌年から軽量選手権の不振が続く。
1997年
1月







ライバル






兵庫選手権をライバル姫路オクウチ綱引隊さんが棄権。チームメンバー不足のため、コベルコからオクウチに1名レンタルしてエキシビジョンマッチとして試合が行われた。
淋しい事だが、この翌年から兵庫選手権の女子選抜の部へのエントリーはコベルコ以外にいなくなった。

ちなみに、女子の事ばかり書いていますが、男子まだ低空飛行のままで、書くことがありません。
(;^o^A hahaha

2月 女子初の海外遠征 イギリスで行われたクラブ選手権に参加。480kg級予選落ち、520kg級3位。
試合は1日目、初めて全日本に出場した時以上に右も左もわからない。
試合開始時間さえ良くわからない。
2日目、わからないだらけで開き直ってしまい、たぶん試合は午後からだろうと、午前中観光を楽しんでから試合に挑んだ。
開き直りが良かったのか3位銅メダルを獲得した。
この大会で、うちの監督の動きが世界的に見てもこっけいであることが良くわかった。

余談:行きの飛行機で春日クラブさん&安心院さんと宴会となってしまい。機内のエコノミーのお酒全てを飲みきってしまう。
「こんな事初めてです!」と客室乗務員さんに冷視される。
女子全日本選手権3位 全日本選手権は準決勝で鳥取県の打吹レディースと対戦。あっさり奇麗に負けた。

余談:コベルコの引き方の大先輩である打吹。スタートだけで50cmは持って行かれた。入り方を揃えるなんて思ってもいなかったコベルコ。この時はまだ自分たちがこのスタートを練習するようになるなんて全く思ってもいなかった。
8月 ワールドゲームズ 1番プラーにコスモの秦さんを迎えて、フィンランドで行われたワールドゲームズに参加。
480kg級3位銅メダル。
520kg級2位銀メダルを獲得する。

詳細はフィンランド絵日記をご参照下さい。

余談:海外遠征等の影響で雑誌やTVの取材で良く取り上げられるようになるが、このころからチームの成績は下降線をたどる。
軽量選手権準優勝 今まで勝てていたチームに負け始める。
1998年
1月

男子兵庫選手権3位

2位が全日本の予選会を辞退された為、男子予選会出場推薦を受ける。
3月 男子全日本選手権予選会敗戦
女子全日本選手権3位
この頃から男子は10年間低空飛行を脱出し徐々に上り調子となってきた。
逆に女子は、今までの個人任せの引きでは伸びの限界を感じ始めていた。
8月 女子大阪CUP準優勝
男子大阪CUP一般の部3位
引きの改革 オクウチ→打吹と渡ったメンバーが入部。引きの統一性を求め、打吹さんや大栄さんが行っていたスタートへ男女ともに統一する。
1999年
1月

男子兵庫選手権準優勝


全日本選手権予選会辞退。

2月 女子世界クラブ選手権参加 アイルランドで行われた世界クラブ選手権に参加。
520kg級銅メダル。
3月 女子全日本選手権準優勝
決勝戦:大分コスモさんと対戦。第1セットは取れるものの、第2・第3セットはどうしても取れない・・・。
これがトータル実力の差。
8月 女子大阪CUP準優勝 決勝でコスモさんから1セットも取れず惨敗。
10月 女子軽量選手権準優勝
男子BEST8
決勝で「ありがとう」さんに惨敗。
2000年 あすてりずむ解散 「あすてりずむ」から2名コベルコに移籍。
1月 男子兵庫選手権初優勝
2月 女子世界クラブ選手権参加 オランダで行われた世界クラブ選手権に参加。
480kg級で銀メダル、
520kg級で銅メダル獲得。
3月 女子全日本選手権BEST8
男子BEST16
余談:女子は体重増加の努力するが結果出ず。身体の切れだけが悪くなる。ただのオブタ・・・・
男子は初の全日本本戦出場。予選突破。
干物からやっと芽が出てきました。
8月 女子大阪CUP3位 うぅぅぅ〜ん勝てない・・・・。
練習量はそれなりに多く、頑張っているのだが、伸びが無い日が続く。
10月 女子軽量選手権3位
男子4位
11月 新メンバー 正アンカーに新メンバーを迎える。
この頃より、マシンより対人の引きを重視するようになる。
2001年
3月



男女共全日本選手権BEST8

余談:予選1位上がりでは直ぐにコスモさんに当たるので、2位上がりを周りの人から勧められる。
しかし、勝敗を計算できるような器用さを持っていない我がチーム。
全員一致で1位上がりを目指すことを決定。
結果は準々決勝でコスモさんに敗北しBEST8止まり。
でも、選択は間違っていなかったと思っている。

8月 女子大阪CUP優勝
男子予選BEST8
10月 クラス別選手権 女子520kg級2位男子560kg級3位
男子は初の全国クラスの大会でのメダル。

女子は勝ちに行きましたが、やはりコスモさんに勝てませんでした。
2002年
3月
全日本選手権 女子初優勝!!男子BEST16。
余談:女子は、2月末から大会寸前まで風邪でダウンする者や故障する者が続出。
2週間前の平和堂CUPではボロボロ。
しかも、予選リーグは強豪チームばかりの組・・・・
何も出来ないから開き直って、全試合楽しむ事だけを考えて大会にのぞんだ。
それが良かったのか、練習も含めて年に1度あるかどうかのラインが出来た。
再現はもうできましぇ〜ん>(^o^;
男子は調子が出ない予選1試合目を落とした事が後に響き、三つ巴の再戦・・・。
最終的には運良く抽選1位で決勝リーグに上がるも、三つ巴再戦の疲れは後を引き・・・あえなく1回戦で敗退。
5月 全日本アウトドア選手権 女子!全日本アウトドア選手権初出場!なんとか優勝できました。
余談:アウトドアの練習場所は本社裏のシーサイド脇の公園。この公園、美術館の裏でウッドデッキのあるなかなかオシャレな公園。と言う事で、散歩や遊びに来る人もなかなかオシャレ。そこで、安全靴や長靴にドロドロジャージ姿の私達・・・。注目の的。中にはなぜかお金をくれるオジさんも・・・・ありゃ!!
7月 近畿大会 男子:優勝!
女子:予選落ち!、ケガ人続出予選終了時で途中棄権。大会関係者の方ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
8月 大阪CUP 男子:BEST8
女子:優勝! 近畿のケガ人が完治しない中、出場か棄権か悩んでの出場。ダメ元でアタック。開き直りが良かったのか?なぜか優勝出来ました。
9月 世界アウトドア選手権 南アフリカ プレトリア
女子!480kg級、520kg級共に予選落ち。
世界の壁の分厚さを思い知らせれました。
でも、ヨーロッパ勢からわずかながらに取れた勝利は、凄い自信になりました。
綱引の醍醐味はアウトドアにあると実感した大会でした。
2003年
2月
全日本選手権 女子:準優勝
男子:予選落ち
男女ともに色々問題点の残る大会でした。
自分達の未熟さがもろに出ました。
5月
全日本アウトドア選手権 女子:優勝 このころからアウトの面白さにはまり始める。
 10月 全日本軽量選手権 女子:4位
2004年 全日本選手権 女子:優勝
この年は全日本と世界選手権の日程が非常に接近しており、前年度優勝の大分コスモさんが不参加。何とか優勝できました
5月 全日本アウトドア選手権 女子:優勝
9月 世界アウトドア選手権 アメリカ ミネソタ
2年前比較すると道具もフォームも少しはマシになったが、まだまだ世界の相手にはならない。
更なる研究を誓った大会でした。
10月 全本軽量選手権 女子:優勝
アウト中心の練習で殆どインの練習が出来ていなかったにもかかわらず何故か優勝出来ました。
投げやり「イテマエ」感覚が良かったのか??
11月 アジア綱引選手権 台湾 桃園
女子:2位
過去、日本女子はずっと1位でしたが、それを止めてしまいました。
コスモさんから台湾の実力が上がってきている事は聞いていたのですが、まさかここまで歯が立たなくなるほど強くなっているとは・・・・
2005年
3月
全日本選手権 女子:優勝
前年は王者コスモさんが不在での優勝の為、どうしても優勝したかった年でした。
5月 全日本アウトドア選手権 優勝
8月 ワールドゲームズ 2位!
台湾にはやはり歯が立ちませんでした。
ちなみに宿舎周りにはにはアルコール販売がまったく無し・・・なかなか辛い遠征でした。
10月 全日本軽量選手権 女子:準優勝
2006年
3月
全日本選手権 女子:優勝
5月 全日本アウトドア選手権 オランダ アッセン
女子520kg級7位/11カ国 560kg級8位/9カ国
520kg級の予選では、なんと今大会3位で、いつも世界のトップを走っているスイスに勝利するという驚きの出来事が・・・
ますますアウトが癖になってしまいました。
10月 全日本軽量選手権 女子:準優勝
また大阪マドラーズに負けちゃいました。
12月 アジア選手権 栃木県
台湾、大阪マドラーズに負け3位
2007年
3月
全日本選手権 女子:準優勝
とうとうこの大会でも大阪マドラーズさんに負けてしまいました。(ToT)ファイトォ〜・・・・
5月 全日本アウトドア選手権 女子:優勝
10月 全日本軽量選手権 女子:準優勝
またまた、マドラーズさんに負け・・・
2008年
全日本選手権 女子:準優勝
リベンジを懸け挑んだが返り討ちに・・・勝てましぇ〜ん!!

コベルコ科研綱引同好会の練習場へ御招待!

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